東京・初台に65年。地域の健康を支える小さな民間病院です。 TEL.03-3370-2351
 
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内藤病院 院長

内藤 誠二

 

 皆さんの中で、京王新線も元は京王線であったこと、さらに、京王線が新宿から初台、幡ヶ谷と地上を走っていたことを覚えている方はどのくらいらっしゃるでしょうか?
 私が小学校の低学年まで京王線は地上を走っていて、旧代々木郵便局(今はライオンズマンション)の前には踏み切りがありました。バブルの時代には邸宅がいくつもマンションに建て替わりましたが、その後もマンションは増え続けています。
 初代院長の内藤豊助が昭和初期に診療所を始めたときには、周囲に畑がいっぱいあって、豊助も土地を借りて畑仕事をしたそうです。
 人力車で往診をしていた時代、二代目院長の内藤徹郎がまだ子供の頃には、スポーツセンターのあたりには狸が出ました。終戦直後、徹郎が千葉大学からの帰りに新宿に降り立つと、あたり一面焼け野原で、そこから初台の焼け残った家屋が見えたそうです。
 私や副院長の博邦が初台に生まれてからも、初台はどんどん変わっています。
 診療所から昭和15年に病院になってからも、私たちは初台を中心としたこの地域と一緒に歩んできました。そして、これからも一緒に歩んでいきたいと願っています。

 内藤病院は昭和15年(1940年)に設立されました。はや65年がたちました。東京の渋谷区初台で、かかりつけ医として、救急医療機関として、急性期医療を提供する病院として、三代にわたって地域医療をになってきました。
 創立120年を超えた幡代小学校は二代にわたり校医をつとめており、現在は、内藤博邦副院長が校医をつとめています。
 内藤誠二院長は、実弟の内藤博邦副院長とともに、初台で生まれ育ち、隣接する幡ヶ谷、代々木、新宿などで青春を過ごしました。それは、都市化にともなって変貌をとげる街並みと進歩・成長をとげる戦後日本の医療とが重なる時代でもありました。
 街並みと医療の姿かたちはこれからも変化していくことでしょう。しかし、地域に密着した民間病院が地域医療においてはたす役割と責任は、今後も変わることなく求められるものと確信しています。
 それだけに、内藤病院は、質、安全、患者さま満足、連携、情報提供などの面で進化しつづけ、役割と責任をはたし続けたいと考えています。


 

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